この10月初旬、獺祭・槽場汲みを発売しました。槽場汲みとは、その時に酒蔵に引き取りに来れる酒屋さんに限るという条件で春と秋の二回だけ出荷する、三割九分の搾りたてなんですが、今回から瓶とラベルを変更しました。

通常、獺祭の720ml以下のいわゆる小瓶は黒瓶に白地のラベル、黒の墨文字という、シンプルこの上ないスタイルを特徴とします。 しかし、この槽場汲みはなんと白フロスト瓶です。そこに獺祭の文字が紺の箔押しで入るといういかにも最近の酒蔵が作りそうな「オッシャレー」なパッケージです。

「獺祭よ、お前もか?」と言われそうな外装ですが、意味があります。それは、白瓶は紫外線の影響を黒瓶と比べて受けやすく、しかもそれによる酒の色味の変化が一目でわかるからです。

これまで、「搾りたてですから早く飲んでほしい」とずいぶんお願いしていたのですが、半年や一年以上たった槽場汲みに飲食店さんなどで出会うことが珍しくありませんでした。

どんなに「濾過をしていない生酒で長くは持ちませんから早く飲んでください」と脅かしても、皆さん馬耳東風。まあ、仕方のないところもありまして、一時、獺祭が足りなくて仕方ない経験をしていたから、「あるのなら仕入れられるだけ仕入れておこう」という心理は誰にも働きそうです。その結果が、半年以上たった槽場汲みになるのだと思います。

ある意味で言うと、たくさん売れないようにしたわけです。そのうえ、お取扱店さんにそのあたりの理由をお話ししてたくさん仕入れないようにお願いしました。おかげで今回の槽場汲みの売り上げは半分に急降下してしまいました。しかし、その分、新鮮な槽場汲みが皆さんのお手元に届くと思います。

ところで、このパッケージ変更はもう一つ理由があります。それは「雪化粧の怨念」

私どもの酒蔵を昔から知っている方はこのパッケージを見ると「雪化粧によく似ている」と気が付かれると思います。実はもう30年以上前、出していた純米大吟醸に似せたんです。白のフロスト瓶に赤いキャップシール、透明ラベルに紺と金の箔押しがきらりと輝く。雪化粧の文字は当時20代の山本一遊先生(獺祭の字の書家)が書く雪が降るようにも見える、繊細な、どこまでも繊細な字。いわゆる企画モノとしてみたとき、あれを超えるパッケージは今でもないんじゃないかと自認するぐらい美しいお酒でした。

何でそんなお酒を造っていたかというと、まだ純米大吟醸一本で生きていく自信がなかったからです。父の死後、酒蔵を受け継いでそれなりに何年か過ごし、技術的にも何とか方向性がほの見えてきて、純米大吟醸に可能性を見出し始めていました。しかし、周囲はまだまだ普通酒花盛り。もちろん、値引き付。そんな中で、ブランド力の全くない岩国の負け組酒蔵がいくら「品質は何とかなりましたと」言っても、振り向いてくれる人なんていません。

そこで、この華やかな雪化粧の登場となるわけです。「なんと、凝るねぇ」と周囲からは珍獣を見るようにからかわれましたが、必死だったんです。もっとも、面白かったのも面白かったんですが(注)。中身は、50%精白の山田錦と兵庫北錦を使った純米大吟醸、良い出来でした。

目を引くパッケージとそれなりに納得できる品質でしたから、順調に売り上げは伸びて一時は全体の4割程度を占めるぐらいになりました。しかもこの雪化粧を戦略商品として県外市場を開拓し始めました。というより、売ってくれたのは県外が中心だったんですが。特に九州の引きが強かった。(九州の皆さんありがとうございます。だから熊本地震の時は支援しなきゃ男じゃない)

なんと、あのセブンイレブンとかイトーヨーカドーにも入ってたんですよ。

ところが、好事魔多しというか、当然のことにライバルたちが現れます。この「外見で目を引いて売り上げを取る」という方式に参入する酒蔵がいくつも現れます。もちろん低価格で。

その手のお酒というのは、中身は普通米の本醸造ですがボトルは涼やかな青のフロスト。酒銘も「雪○○○」とか似た感じ。雪化粧の価格は、山田錦と兵庫北錦の米代からするとギリギリ低価格に設定してあったのですが、それでも更に、720mlで2~300円は安い。 そんな商品です。

雪化粧は順調に?市場で負け始めます。そんな時になるほどと納得したのが、納入窓口である大手卸さんのスーパー担当課長の言葉。女性でした。「必ず、商品というのはどこかで売れなくなりますからね」「その時はまた新たな企画の商品を提案してくださいね」というもの。

「なるほどなぁ」と思いました。と、同時に、この手のマーケットに参入し生き残るという事は、新しい企画を連発しなければならない。これは酒蔵の企業としての体力を奪ってしまう。いかにも「お客様のニーズに応える」「メーカーが当然するべき努力」みたいに言われますが、それは流通業界の都合にすぎず、その陰に廃棄される企画遅れのラベルやボトル・生産設備はどうなる?という事に気が付きました。

つまり、ここに、獺祭のコンセプトが生まれたわけです。つまり、ブランドや商品を使い捨てにすることしかしない流通にはどんな大手であっても近寄らない。「ともにブランドを育ててくれるところとだけ組む」というやり方です。

まあ、そんなことで、雪化粧は獺祭の出発の踏み台になったわけです。しかし、若かったあの頃に本気で作り上げたあの雪化粧に何とも心が残っていて、今回の槽場汲みのパッケージ変更につながった のです。

ところで、構成はほとんど一緒。と、なれば、今回の槽場汲みはパッケージとしても雪化粧より進化している「はず」ですよね。こっちだって経験は積んできたし。あの頃と比べるとお付き合いする業者も実力は格段に上。ですが、、、やっぱり雪化粧には勝てない。怨念が足らないんですかね。造り直さなくっちゃ。「あれを直せ」「ここを直せ」と言われてげんなりしているデザイン会社の社長の顔が浮かびます。

(注)そりゃそうですよね。売れない酒蔵の社長として、売れない酒を売るために酒屋さんに、「倉庫の整理も代わりにしましょう」「倉庫からお店への品出しもします」「配達も代行します」「だからうちの酒を売って下さい」と言って歩いて、気の毒がられていたころです。それが仕事だったんですから、それと比べりゃどんなに面白いか。