新聞各紙でご覧になった方も多いと思いますが、私どもがニューヨーク州郊外のハイドパークに酒蔵を建設し、清酒の製造を開始する計画であることを発表しました。もっとも、広報戦略などないに等しい旭酒造ですから(とほほ・・!)、先週の「高く買わないでください」広告の後の発表で、自社のニュースに食われてしまった感もあります。(この騒動についてはもう少し整理して後日譚などお話ししたいと思います)

それで、アメリカでの酒製造についてですが、以前から、こういう質問をよく受けていました。「海外で生産する気はありませんか?」。なんといっても、あの「会長・島耕作/ミャンマー編」の中で国内の山田錦不足に困って、ミャンマーで山田錦の栽培と酒蔵建設を決断する、純米大吟醸「喝采」を造る桜沼酒造会長のどうやらモデルになったぐらいですから。

その質問に対する私の答えはいつも、「ワインがヨーロッパだけでなく、アメリカやオーストラリア、そして日本でも、世界各地で製造されているように、本当に日本の酒を世界の酒にするつもりなら、海外生産は必要不可欠ですね」「日本で造る酒だけに限定しようという考え方では、日本酒は残念ながら、国内でも縮んで行くだけですね」というものでし た。

それと同時に必ず答えていたのが、「基本的に海外生産の清酒はアメリ カや中国などいくつかありますが、みんな安い価格を狙っている」「あれでは、安かろう、悪かろうになってしまう」「だからといって、例えば私どもの獺祭をアメリカに輸出すると輸送費や国内輸出代理店・現地卸のマージンなども入れると、一番安い獺祭50でも30ドルぐらいになってしまう」「これでは、日本酒や日本文化に特別の思い入れのあるアメリカ人や日系人しか手を出さない」「普通のアメリカ人で美味しいものに興味のある人が手を出せるような価格帯で、しかも彼らの味覚基準に耐えられる酒、つまりはちょっと良いカリフォルニアワインに十分対抗できる酒をアメリカ市場に投入できれば、日本酒に対するアメリカ人の見方も変わり、結果として日本から輸入された地酒も現地生産の安い清酒も市場が広がる」と、言ってきました。

とはいえ、企業体力の問題で、旭酒造としては、海外に酒蔵を作るのは非現実的だったわけです。しかし、皆様のご愛顧もあり「獺祭」もそれなりの売上ボリュームを戴けるようになりました。そんなことで決断し ました。

場所がニューヨーク郊外・アメリカ東海岸というところにも意味があります。目の前は大西洋です。大西洋を越えればヨーロッパ。つまりアメリカとヨーロッパ両方をマーケットとして視野に入れることができます。

酒質に関して言えば、「水とか米とかどうするの」という疑問もあると思います。水も現地の水、麹米こそ日本産の山田錦の予定ですが、掛米はアメリカ産のカルローズ(注)を使う計画です。確かに、日本国内の獺祭のように酒蔵の井戸水を使いオール山田錦で造る酒と比べると勝手が違います。しかし、それより酒にとって大きな要因になるのが、私どもが酒質に対しどんな考え方をするかです。

私どもは根本的な考え方を、日本国内の獺祭を造るときと変えるつもりがありません。それは、お客様の表面上のニーズや売らんかなの企画有りきに酒質を合わせるのではなく、お客様にとって真の「美味しい」を追求する、というものです。

その考えから、日本国内でも獺祭は単一の方向性を目指したのです。アメリカでもいろんな酒質を造る気はありません。あくまで、獺祭とは名乗りませんが、酒質のスタイルを変えるつもりはありません。私どもが目指す方向性に、アメリカで現実的に実現できる材料を使いながら、私どもが信じる酒質に、あくまでこだわるという事です。

アメリカの日本酒贔屓でもないし日本通でもないけど、普通の、でも美味しいモノの好きなお客様に「わぉっ!!」「あぁ、美味しい!!」と いう喜びと感動を体験してもらいたいと思います。日本で私どもがやってきたことと同じことをアメリカでもやっていきたいと思います。

蔵元としてはこのまま国内で安住していれば、お金の面でも楽ができます。しかし、「山口の山奥の小さな酒蔵」をここまで育てて頂いたお客様(日本の社会)のことを考えれば、ここはリスクをとっても挑戦すべきことと思い至りました。現社長も「日の丸を背負っていくんだ」と話しております。まあ、「私どもなんかが日の丸を背負うとはおこがましい」とも思いますが、許してやってください。

今回の私どものアメリカ生産へのチャレンジは、今のところ、ただ地方の酒蔵がアメリカで酒を造り始めるよ、ぐらいの話です。しかし、20年先に振り返ったとき、大きな変化を世界の日本酒市場に与えることになった一歩になると思っています。

「山口の山奥の小さな酒蔵の世界への挑戦」よろしくお願いします。