先日のNHKのサイエンスゼロで獺祭の酒蔵が紹介されました。内容は見ていただいた方には一目瞭然、獺祭の製造過程の物質の中に簡単に言えば「免疫細胞を活性化すると思われる物質」が発見されたということです。

まあ、いかにも有りがちな話で、「ワインを飲めば健康になる」なんて話と同義にとられやすい話です。ということで、皆さんが獺祭ばかり飲んでいただくと私どもとしてはウハウハなはずですが、そういう話ではない(してはいけない!)と、思います。

免疫細胞というのは全ての人の体内に宿っているもので、この細胞が体の中を絶えずパトロールしています。この免疫細胞は、体内に侵入してくるウィルスや、毎日4000個ほど体内で発生するがん細胞等により侵されていく我々の身体を守り、それらを攻撃しながらパトロールする機能を持っています。ふつうはこの免疫細胞や他の体内の機能により、身体の健康を維持しているわけですが、何らかの条件下で攻撃しきれず生き残ったウィルス、がん細胞が増殖した結果、インフルエンザに罹ったり、病名としてのがんに進行していきます。

NHKのサイエンスゼロによれば、日本酒のもろみ段階で発見されたエクソソームを免疫細胞に与えたところ、病原体を破壊するための分解酵素の数が7倍に増えたという実験結果が明らかになったとのことです。

この発見された物質を「お客様に、獺祭を飲むことにより摂取できるようにしたい」というのは、こういうチャンスを与えられた「酒づくりに携わるもの」として当たり前のことであり、使命とも思います。なんといっても、お客様が健康であることはお客様の究極の幸せにつながり、それは絶対に獺祭の利益になるわけですから。と、いうより、人間として当たり前のことですね。

しかし、当初、「獺祭の中に有効な成分があるんじゃないか」と声をかけていただいた国立がん研究センターの落谷先生にお聞きした話は、「がんの患者さんは、がんを治すためにつらい治療を現状では受け入れざるを得ないと大多数の方が思っている」「でも、日本人の半分ががんになる時代に、生活の質を落とさないがんとの付き合い方があるんじゃないか」

「例えば、美味しいものを食べて、美味しい酒を飲んで、楽しく笑いながら、ついでに?仕事もしちゃいながら、「長生き」する」「それが理想で、きっと、獺祭のように飲む人を笑顔にするような美味しいお酒にはそんな成分があるに違いない」(えへんっ!!本当にこうおっしゃったんですよ。)

「つらい治療に耐えて、ベッドに縛り付けられて、がんと闘う、のではなしに、生活の質を落とさず、人生を全うする、無病息災じゃないけれど、がんを抱えて幸せな人生を送れるはず」とも、おっしゃいました。

この部分が「ささった」んですよ。私には酒のことしかわかりませんが、30年以上酒造りをやっていて、完璧で無傷の酒はない、ということを思い知らされてきました。みんな失敗の塊で、その結果なんですよ。その年の原料由来、過程の失敗、人によるもの、機械によるもの等々、失敗の原因は多岐にわたります。そんな失敗から生まれた不具合を修正し、補填し、何とか欠点を小さくする努力をし、そうやって獺祭を造ってきました。

ところで、ここで体の話にまた戻りますが、すでに古希になろうとする私の年齢からして、健康診断をすれば欠陥だらけで、理想とされる分析数値からは遠いものがいっぱい出てくるのです。それに対して、ええ加減な糖質制限をちょっとやってみたり、階段を「体脂肪、体脂肪」と唱えながら歩いて上がってみたり、でも相変わらず食べたいものを食べ、飲みたい獺祭を飲んで、楽しく生活しています。(しかし、食べ過ぎ、飲みすぎの翌日の反省は大事!!)(この反省が日常茶飯事なんで困っているわけですが)

そんな私からすると、酒造りはいかに理想的じゃない現状の中で理想的な酒を仕上げるか、が問われると思い続けてきました。(真実には「杜氏の神の手」のような絶対のものはないんですよ)(こんな発言するからマニアから嫌われるんですけど)

話が横にそれておりますが、酒造りの実体験、自分の健康上の実体験、からしても落谷先生の話は深く頷けるものでした。そんなきっかけでこの研究は始まったのです。

ただし、これは先生にも言われたことですが、私はこう思います。食は人間にとって「薬」だと思います。特に古来から食べて飲んできたものは意味があるんだと思います。だから獺祭だけ飲んで頂ければ良いとは思わないんです。お客様にはいろんな人生の喜びの中の一つとして獺祭を楽しんでいただければいい。そして、それがお客様の健康のためになるのなら、酒を造るものとしてこんなに幸せで晴れがましいことはありません。

何より、国立がん研究センターの落谷先生や皆様に感謝しますとともに何とかこの新発見を健康という人類の幸せにつなげたいと思います。

◆蔵元の蛇足
SNSを見ていたら、こんな投稿がありました。
「エクソソーム摂取のために獺祭の代わりに手取川飲むか~」(酒飲みの言い訳)だそうです。残念ながら今の段階では獺祭も手取川も最終製品には必ず有るとは言い切れません。というより、おそらく有りません。また、発酵中の中間物質は国税庁が酒造免許を持っていない人に渡すことを許しません。それに、薬屋さんじゃ無い酒蔵が「なんとかに効く」なんて薬事法違反になりそうです。なんともこの世はもどかしいものですね。

でも、お蔭で一本売れたんだから、吉田さん(手取川の蔵元)今度奢ってよ!!