2019年の2月28日は旭酒造にとって大きな転換点となった日です。この日に、月累計で初めて、輸出と免税売上の合計、つまり外国への売り上げが国内売上を上回りました。よくマスコミなどから「海外輸出はどの程度を目指しますか」と聞かれて、「総売り上げの50%ぐらいになるのがあるべき姿じゃないでしょうか」と、答えていましたが、その話が実際の姿になって立ち上がってきました。

この歴史的転換点の場に立って、困惑し緊張しています。どうやら、中国の税制改革で税金をスルーして中国に持ち込こまれていた並行輸入酒に対して課税が強化され、今まで、国内の百貨店や酒販店の店頭から普通のお客さんを装って購入しまとめて海外に輸出していた並行輸入業者が、うまみが減って中国向けを止めざるを得なくなったんだと思います。

闇業者が減って正規輸出が増えるわけですから良い事ですが、半面、これからはますます輸出は増えるでしょうから、外国政府の思惑によって売り上げが左右される事態も将来予想されるわけです。正直「怖いなぁ」と思っています。

でも、おそらく、今、日本酒を輸出するうえで将来を見た時、当然通らなければいけない道に立っているんだと思います。つまり、バッターボックスに立っている。立っている限りはバットを振らなければならない。一つ二つ空振りするかもしれませんが(空振りした時は笑ってください)、でも最後には、必ずヒットを打ちます。

【ここから先は「某」日本酒ライターさん他の皆さんは読まない方がいいですよ】

ところで「昨日の獺祭」でもすでに掲示されていますが、2月22日に東大のニューヨークオフィスで開催された「アート・オブ・サケ」で獺祭の話をさせていただきました。日本文化の紹介の一つとして開催されたもので、イノベイティブな日本酒の一例として呼んで頂いたのだと思います。

天下の東大とコラボして開催したセミナーでお話しさせていただいたわけですから、それなりにプレッシャーも感じながら通訳込みで40分の講演をしました。一昨年でしたか週刊誌で獺祭がたたかれた時の急先鋒の「某」日本酒ライターさんなんかが読んだら目が点になりそうな話をしてきました。

少し長いですけど文字起こしして全文載せております。お暇なときにご一読いただければ幸いです。私の本音です。

2019年2月22日
東京大学ニューヨークオフィス主催「アート・オブ・サケ」

皆様今晩は、私は獺祭というお酒を造っております。旭酒造の3代目です。本日はよろしくお願いいたします。日本酒の酒蔵というのは全国に1500社、今も現存しておりますが、獺祭が特徴的なのは純米大吟醸しか造らないということです。純米大吟醸はその造り方の難しさ、それからコストの高さから、日本酒全体の総生産量のだいたい10分の1くらいしか造られておりませんけども、その10分の1のなかで私どもが10分の1の純米大吟醸を生産しております。おそらく純米大吟醸の日本の最大の酒蔵だと思います。

では、この獺祭の説明を少しさせて頂きたいと思います。日本酒というのは、日本の生活文化と共に長い間あったものなのですけれども、(スクリーンの写真を指して)例えばこのように伝統的な結婚式などでは、神と人々をつなぐものとして使われています。私も40年数年前はこのような結婚式をあげまして、その時はきっとこの写真の若者のように髪も黒かった。今はこういう髪になってしまいました。おそらく一番、残念に詐欺じゃあないかと思っているのは私の妻ではないかと思って心配しております。

酒は日本の主食である米を原材料とするものですから、非常に日本経済と密接に結びついておりまして、例えば米の生産過剰で米が安くなりそうな時は酒をたくさん仕込むと、そういう形で価格調整が取られてきました。

そして酒蔵が農家からもらったものは、もっと大きなものがありまして、農閑期、冬場の米を作れない時期に酒蔵は農家の方達に労働者として来てもらい、酒造りに携わってもらっていました。

彼らは杜氏とか蔵人と呼ばれて、全国に但馬杜氏とか、丹波杜氏とかそういった職人集団を形成しておりました。太平洋戦争後、日本の経済が発展すると共に、問題は農業に従事する人たちが少なくなったことです。そうするとこれは、深刻な杜氏不足を日本酒業界は招く訳です。一部の優秀な技術力に優れた杜氏を雇うことができた酒蔵はその優秀な技術と共に純米大吟醸などに特化してその貴重なお酒をその貴重性と共に価値を高くしていきます。

そして、他方の資本力に優れた酒蔵は杜氏不足を機械化で補い、そしてそれによって大量生産化に進んで行きます。ところが、この2つの方式はどちらも弱点があります。一つは杜氏が造る酒のその貴重性を追いかける酒蔵はその数量があまりに小さいが故に、業界そのものを伸ばしていくというパワーがないわけです。業界そのものを伸ばして行くパワーにかけるものがある。   
また、機械化を志向した酒蔵にも問題があります。というのは、日本酒というのは、先ほどのお話にもありましたが、糖化と発酵というものが一つのタンクで同時に起こります。
というのは、一つのタンクで同時に起こるが故に両方の働きのバランスを取る事が非常に難しいからであります。

だから大量生産化と共に品質の低下と常に戦わなければいけないという大きな問題を抱えているのですね。そんな中で私どもがどんなことを考えたかといいますと、杜氏の頭を外に出そうとした。杜氏の経験とかを外に出そうとしました。

だから、実際の糖化とそれから発酵、そのプロセスを最新の計測機で細かくデータとして取っていくことによって、データを蓄積し、そのデータで酒を造っていくことをし始めたのです。

これは先ほどの(先に話された東大・丸山先生)お話にもありました、麹を作っている作業風景でありますけれども。このように(スクリーンの写真をさして)

私どもの酒蔵で言えば、120人のうち20名の社員がこの麹の作業に従事しておりまして、60時間以上、麹が出来上がるまで、ずっと付きっきりでこのように面倒を見るわけです。

なぜこのような作業を行わなければいけないかというと、日本酒に使われる麹、日本で使われる麹というのはバラ麹といって、一つ一つバラバラになった麹を作ります。アジア全域で使われる塊になった餅麹とは全く違ったもので非常に手がかかる訳ですね。

ですからこのような麹というのは、やはりなかなか機械化に馴染みにくいという問題があります。

そしてこれが、私どもの醗酵室の内部なのですけれども(スクリーンの写真を指す)、その麹でコメを溶かしブドウ糖にし、それを発酵させるということになる訳ですが、このように小さなタンクで仕込むという事が必要になります。大きなタンクだとコントロール仕切れませんから。そして、私どもは杜氏不足を解消するために実は社員が酒を造っております。この社員というのは1年間来ますから、夏の間もお酒を造っています。1年間ずっと造っております。

私どもはこうやって造る訳ですけでとも、杜氏ではなく社員が酒を造る。それから社員が1年間いるから1年間酒を造る。それは、日本酒の日本での常識から全く反しているわけでありまして、伝統的な日本のお酒マニアとか、それから日本酒の、というか、日本の伝統好きな方からは「獺祭は日本酒の伝統を壊した」と非難されたりしております。

しかし、徹底的なデータを集めて社員が造っていく、ということは優れた純米大吟醸を造る上においては非常に有利に働くわけです。ですから、美味しいお酒の好きな方々からは圧倒的な評価もいただいております。

また、このようにですね、社員と共に造ることによっておもしろい発見が出て参りました。これは先日のNHKの「サイエンスZERO」でも放映されましたが、その放送の範囲内の例でいうと、獺祭の発酵中の醪(もろみ)からエクソソームという細胞間のメッセージをやり取りするそういった物質が発見されました。

この獺祭から生まれたエクソソームも東京の国立がん研究センターで人間の免疫細胞に投与してみますと、がん細胞、それからウィルスなどに対して攻撃力を7倍に高めるということが発見されたのです。

しかし、残念ながら、まだ発酵途中でそれは消えてしまい、お酒には残りません。ですから後のパーティーで獺祭を飲んでもですね(二割三分を準備していました)、がんには利かないということです。

是非、なんとか最後まで残すように私どもも将来的にはしたいと思っております。

実は、この杜氏が酒を造るのではなく、社員が酒を造るという私どものこの方式をつくり出した大きなきっかけは、うちの長いこと続いた経営不振にあきれた杜氏に逃げられてしまったからです。で、それが今の私どもの「社員が酒を造る」きっかけになったのです。

そして使う米に関しても私どもの特徴があります。山田錦という米しか使いません。山田錦というのは非常に高価な米で、ほかの酒蔵では一部にしか使われていないのですが、獺祭の全て酒に山田錦を使っております。

また、日本酒というのは米の外側を精米といって取り除くのですが、一般的には30%程度を取り除くのが普通ですけれども、私どもは平均で約65%取り除いています。

本日はですね磨き二割三分といって、23%、外側77%を取り除いたお酒を持ってきておりますので、なぜ精米が必要かということを是非、皆さんの舌と鼻で確かめていただきたいと思います。
実は、私どもは、年間で1万トンを超える山田錦を使っております。これは日本の米の総生産量7百万トンちょっとですから、約700分の1を山田錦というかたちで私ども使わせていただいていることですね。

このような高価で貴重な山田錦を、なぜ、たくさん使えるようになったかというと、実は、私どもの山口県という所は酒米の産地ではなかったんですね。たから、地元になかったがゆえに、遠くいろんな県から優れた山田錦を買うという選択ができたのです。

これは同じような話がありまして、山口県の私どもは、ものすごく山の中の過疎地に酒蔵があるものですから、地元に市場がありませんでした。だから、東京市場という大都会、そしてまた、世界に出て行くことが、簡単に、そういう選択ができたのですね。

だからマイナス・ポイントが私どもに今の現状をつくってくれたのです。

そして、さらに山田錦の栽培を、酒造りと同じようにデータ化して、いい山田錦を栽培しようとしております。

田んぼのそばにFUJITSUと書いた、企業名を言っちゃいけないか、、FUJITSUと書いたセンサーが立っておりますけど、これによって気象情報とかそれから地中の温度と水温を計りながら良い山田錦を栽培しようとしているわけですね。

日本酒の酒造りとしては、私どもはあまり伝統の手法ということを重視いたしません。なぜなら500年前に今の日本酒の造り方というのがだいたいでき上がっているわけですけれども、その500年前の日本酒とそれから今の日本酒と品質がかなり違います。

例えば500年前のお酒というのは、外観はお醤油みたいに色が濃いし、それから、酸も糖も相当多いそんなお酒でした。

この、なぜこのような変化が生まれたかというと、日本酒は杜氏という現場の作業員が自分たちで工夫して改善したんですね。
彼らは残念ながら東大も出ておりませんでしたので、理論的に大きな変革はできなかったのですけれども、できるだけ細かな工夫と改善を重ねていったのです。

だからこの500年の現場のこのような蓄積がこのようなお酒の違いになってきた訳です。
だから私どもは伝統の手法よりは変化を大事にするべきだと考えております。

そして、もう一つ酒蔵の経営からしますと、例えば、多量な販売による可能な限り最大シェア、そして可能な限り最大利潤、そういったものを私どもは「良し」としません。

これはなぜかというと経済が発展しますと、必ずお酒の値段が所得に対して安くなっていきます。だから経済的にはいくらでも飲めるという状況が来るということはアルコールの人間の健康に対する問題も引き起こしているということなんです。

だから私どもは少しでも多くの酒を皆さんに飲んでもらうのじゃなしに、美味しさでお酒を楽しんでもらいたい。ほろ酔いを楽しんでもらいたい。そう思う訳です。

ただ、このようにお酒をたくさん飲まなくてもいい。と、私どもは考えてきたわけですが、結果として旭酒造は、売上的には相当成長させてもらいました。これもちょっと皮肉ですよね。

最後に2つほどちょっと注目の話をご紹介したいと思います。

フランスのパリにおいて、ジョエル・ロブションさん、世界でミシュランの星を30いくつ持っているというジョエル・ロブションさんとコラボしてレストランを開きました。

これもレストランを開いてレストラン業に進出して、利益を出そうというのではなしに、パリの皆さんに美味しい日本酒を知ってもらいたい。そういうことで開きました。

というのは、日本酒というのはワインと比べて、非常に低い温度で貯蔵する必要があり、なるべく早く飲んでもらいたい商品だからです。

ところがフランスの方はワインの経験があるがために、だいたい保存温度が高すぎて、貯蔵期間が長すぎて、老化してしまって、劣化してしまった酒を出されることが多いのです。

だからそんな中で美味しいお酒をやっぱり飲んでもらいたい。ということでレストランを開店したんですね。

そして、実はこのレストランのオープンというのはニューヨークの皆様方に私どもが向いて、開いたということもある訳です。なぜならニューヨークのレストランでいうと、例えば、フランス訛りの英語をしゃべるサービス・スタッフとか、それからフランス人でないとなかなかレストランのホール・スタッフとして成功しないというお話があります。

やっぱり、そのくらいニューヨークの人はフランスを、食の世界から見ているわけですから、是非フランスでそういうものを作りたいと私どもは考えたのですね。

そして皆さん方のように、可処分所得が高い人が、フランスに行かれた折には、ぜひ私どものDassaï Joël Robuchonにおいでいただいて、獺祭と料理を楽しんでいただければ、私の財布も少し潤うのじゃないかなと思います。

最後の一つも実はニューヨークが関連するお話なんですが、このニューヨークからハドソン川沿いに150キロ北上したハイド・パークという街で酒蔵をつくります。これはハイド・パークにある世界最大の料理学校CIA、スパイ物語のCIAではないですよ。カルナリー・インスティチュート・オブ・アメリカ、料理の方のCIAですから是非お間違いなく。そのCIAと組んでこちらに酒蔵をつくります。

この酒蔵をつくる目的も是非アメリカの皆様方に美味しい、日本酒とはいいませんけれども、純米大吟醸を楽しんでもらいたい。そういうつもりでつくります。来年のおそらく5月頃には完成して皆様方にお酒を楽しんでいただけると思いますので、よろしくお願いします。

長時間、どうもご清聴ありがとうございました。サンキュー。