先日、ある大臣経験者とお会いする機会がありました。ちょうど、当日が天皇ご即位の饗応の儀の日だったようで、若干お酒の入った彼の口から洩れた言葉が「日本は災害国になってしまった」という吐き出すような呟きでした。

若手で剛直で生真面目な、正しいことの前にはマスコミ取材に対しても炎上も辞さない彼の思わず洩らした言葉に、私もあらためて事の重大さを突き付けられた思いでした。

今年は、特に首都圏を中心に台風が直撃することが多かった。我々が準備万全と思っていた関東圏、中でも千葉県で被害が大きく、お亡くなりになられた方に心からご冥福を祈ります。

昨年の西日本豪雨で被害を受けた側として、本当に他人ごとではない思いです。只々、被害者の皆様に思いをはせることしかできず、もどかしい限りです。

そんな中で、先日私どもの酒蔵に来られたある大学の先生の言葉が耳に残っています。「人間は洪水から多くの贈り物を得てきた」という言葉です。つまり、チグリスユーフラテスの昔から、川は洪水をおこし氾濫し、結果として肥沃な大地を作ってきた。そしてそれが人類にとって文明の発展につながっていた、という事です。

実はこのことは、昨年被害を受けた私の中にもありました。自然災害はなくならない。ならば、この被害を何とかプラスに変えなくてはいけない。こんな事で負けたくない。この思いが、弘兼先生からの激励メールをきっかけに「獺祭・島耕作」につながったのです。

同じように、もう一人の方からその頃、跳び上がるようなメールをいただきました。「何かできることがあったら何でも言ってください」というもので、新国立競技場や品川新駅の建設で忙しい建築家の隈研吾先生からでした。

同時期に沢山の方から励ましやお手伝いのお申し出を受けていて、本当にありがたい感激で一杯でしたが、この隈先生のメールはある「野望」をむくむくと湧き上がらせました。それは隈先生デザインの橋をかけたいというものでした。

ちょうど、この洪水で目の前の橋が使用不能になっていました。とにかくこの時のうちの被害の主原因は、集中豪雨で川の反対側の山の斜面が崩れ、それによって起こった流木が上流のコンクリートの橋を押し流してしまい、それが同じくコンクリート製の酒蔵の前の橋の下に潜り込み、ダムのようになってしまい、それにより川が氾濫したことが原因です。

ですから、この時点で橋は通行不能であり、対岸の集落の方は今まで渡っていた橋が二本とも通行できなくなってしまっていて、大いなる不便を強いられていました。しかも、その時点の説明では、「橋をかけなおすかどうかは分からない」という何とも不安なもの。実際に過疎により10所帯以下に減っている現状もあり、その不安はかなりの信ぴょう性を帯びて迫ってきていました。

対岸に直売所を設ける私どもにとっても橋の存在は大きいものでした。いろんな所に、酒蔵の直売所は年間に3万人のお客様においで頂いており、県産品の売り上げに大きく貢献している。そのお客様はみな橋を渡って店にわたって行かれる、と宣伝していました。(ちょっと大げさです。本当のところ2万人ちょっと)

ですから、橋を架け直すことは私どもにとっても集落のみんなにとっても大きな悲願であったわけです。

そして、もう一つ、流木によって被害を受けたわけです。何とか木を使ってこの被害をやり返してやりたい、という気持ちがありました。流木を使って私どもの川そばの土地に子供たちの遊具を作ったら、とかいろんなことを夢想していました。

隈先生なら、木を使ったデザインをして頂けるに違いない。被害の原因となった木というものを人間にとって心地よく美しく楽しく使える素材に変えて頂けるだろう。また、木であれば、再度洪水に襲われたとしても、錦帯橋がそうであるように流れてしまう事によりそれ以上の被害を人間に及ぼさない。

とにかく、どこの認可も受けず、まず隈先生にデザインを描いてもらいました。帰ってきたデザインはさすが躍動感にあふれつつ生活通路としての実用性も加味されていて素晴らしい。(構造材は絶対に流れない堅牢な鉄骨製、手すりなどの装飾部分が木でできているものでした。隈先生も私と同じことを考えたようで、ちょっと自慢)

で、どうなったかですが、これがなんともすんなり決定しました。まず錦帯橋を市のシンボルに持つ岩国市の福田市長が「これは良い。これは市がメンテナンスを引き受けますよ。勿論、特殊デザインによるメンテナンス費用のオーバー分は地域住民として旭酒造のお骨折りをいただくという条件ですが(さすが市長、しっかりしてる)」

市長がその気になると、県の担当の方も本音が出ます。「こんな素晴らしい橋は地域のためになる。ぜひやりましょう」現場の方の力でやることが決定しました。獺祭のHPに橋のデザイン画と発表の内容など載せております。ぜひ、見てやってください。

自然災害による被害はつらいものです。被害者だから言いたのですが、ぜひ逆手に取ってやりたい。ただし、できない状況、仕方のない状況の方がたくさんいらっしゃいます。只々、心を寄せたいと思います。

また、社内からこんな意見が出て、今年から当分寄付の方向を変更します。毎年、獺祭磨き二割三分の売り上げから一定額を拠出していた寄付金、今まで東日本大地震によりご両親を亡くされたお子様の高校以上の就学支援とネパールを中心に寺子屋運動に拠出してきました。今年から、東日本大震災の孤児の方への支援は変わらないのですが、ネパールへの支援分を少し減じて、その分を国内で洪水などの被害にあわれた地域への寄付金としてお届けしたいと思います。

とにかく、自然災害はなくなりません。獺祭は、地方にある山口の山奥の酒蔵として、少しでも各地で起こる災害を乗り越えるお手伝いをしたいと思います。