前回の蔵元日記で、兵庫県の藤田村と村米契約を結んだことを報告しましたが、旭酒造は使用する酒米の全量が山田錦です。「旭酒造は良い酒米が欲しいんだから、山田錦以上の酒米が開発されたら、それがオーストラリア産の新品種であろうと切り替える」などと憎まれ口をたたいていますが、少なくとも今のところは山田錦以上の酒米はありません。

最近は各県で独自の酒米を開発しようという取り組みが盛んです。しかし、聞いてみると「山田錦に負けない酒米ができました」とか「山田錦は無いけれど酒米の差を技術で埋めました」ということですから、まだ山田錦の優位は揺るがないということです。

直球勝負の旭酒造としては、山田錦以外は選択肢にありません。

この秋からの弊社の酒米使用計画は約1万1千俵。日本全体の山田錦の生産量がおそらく30万俵強といわれますから、なんとその約30分の1(注)を集めなければいけません。最も評価の高い兵庫の特A地区産が3千俵、それ以外の兵庫県産2千俵、山口県内の契約栽培先の船方農場ともう一軒で2千俵、岡山県の契約栽培先が三軒で2千俵、福岡糸島産山田錦が1千俵、残りが未定で商社ルートで購入を考えているという状況です。

ちなみに、「獺祭磨き二割三分」を造るきっかけとなった自社保有田による栽培は昨年から中止しました。農業関係者以外、つまり旭酒造が農業に参入することに対する農政も含めての難しさも原因ですが、最も大きいのは素人作りの山田錦とやる気の農家が作った山田錦との品質差です。これは大きい。

話が横にずれていますが、これを読んでお分かりのように、産地は色々です。決して山田錦のメジャーブランドである兵庫県産だけではありません。また、山口県の関係者からはガッカリされるかもしれませんが、「地産地消で、山口県の米しか使いません」とも言いません。もちろん、ワインと酒は違いますから、蔵の半径5km以内の田んぼ(畑)で出来た米(葡萄)とも言いません。米は葡萄と違って長距離移動できますから。

実は、旭酒造は米へのこだわりを見せるために酒を造ってるんじゃ無しに、お客様に「あぁ、美味しい!!」と言ってもらえる酒を造りたいんです。そうしますと、必ずしも一つの産地にこだわっていられなくなる現状があります。

前回の蔵元日記で書きましたように、藤田村などの特A産地のあのプライドと技術集積は、常にトップクラスの品質をたたき出してくるのが当たり前という凄みをみせますが、兵庫県産に匹敵する品質の他県産米も、ものによってはあります。ただ、兵庫県産ほど安定して優れた品質の山田錦は無いということは言えます。結局、旭酒造にとって山田錦は目的ではなくて、良い酒を造るための手段だということです。

ところで、食品業界の最近の流行は産地にこだわることで、ここにこだわる姿勢を見せないと消費者の受けはよくないと思われています。自分たちの作るものの絶対品質を追求せず、ただ受け狙いで産地にこだわるところに最近の食品偽装事件の原因もあるような気がします。

最近、あちこちで産地の偽装で摘発される業者がいます。これは一つには、業者というか専門家側は、本音では産地と品質に、一般に考えられているほどには相関を感じていない現実があると思います。

そのあたり、業者側も、堂々と説明していけばいいと思います。「吉野家の牛丼」の安部社長が、農水省・マスコミ一体の「アメリカ産牛肉は危険」の大合唱にも臆せず、アメリカ産牛肉の根本的な安全性とアメリカ産を使う意味を真正面から発言し続けています。それが大マスコミの論調とは別に、実際には消費者に受け入れられているのは最近の吉野家の業績を見れば明らかです。

私どもも、そのときの世の表面上の風潮がどうあろうと、良いものは良い、必要なものは必要、目的に対して過剰に過ぎるものはこれは過剰に過ぎると言える会社でありたいと思います。

(注)最後に、今年の米の使用量は、なんと大型トラック60台分の山田錦です。旭酒造の酒の出荷量は日本酒全体からすれば僅かなものですが、山田錦の使用量は全国の生産量の三十分の一です。 確かに私どもは「山口の山奥の小さな酒蔵」です。でも「お客様に、真に美味しいお酒をお届けしたい」と考えています。