大平由美の居酒屋めぐり

居酒屋めぐり

第二十七回 かわうそな日

更新日:2009.08.28|居酒屋めぐり|

さわさわという水音、うぐいすのさえずり、少し気の早い秋の虫たちの声で目覚める……車の走行音や電車のガタゴト、人々の喧騒で睡眠を破られる日常と比べると、まるで夢のような朝です。雨の予報でしたが、見上げると、なんとか持ちこたえてくれそうな白く薄めの雲が山々の間を流れており、胸を撫で下ろしました。旭酒造の蔵元におじゃましまして迎えたその日(2009年7月11日)は、今回で第五回目を迎える蔵元主催による恒例の「かわうそ寄席」。噺家は、押しも押されぬ落語会の本格派・三遊亭鳳楽師匠。内外から百名以上のお客様が、精米工場にしつらえられた特設寄席に来場される大イベントですが、蔵元の朝は、出荷などの作業に追われる通常の光景なのでした。

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蔵の前の道 左隅に走る蔵人が!

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朝からすでにお客様です

手打ち蕎麦処  かわうそ亭

蔵の向かいに、お蕎麦屋さんがあるのをご存知ですか?「かわうそ亭」という店名からお分かりのことと思いますが、『獺祭』の蔵元、旭酒造が家主なのですが、金土日の週末、それも原則的にはお昼しかオープンしていません。一日三十食限定なので、昼過ぎにはもう閉店ということもしばしばという人気のお蕎麦屋さんです。この日は特別に、鳳楽師匠ご一行と、亭主・原田長夢(はらだ おさむ と読みます)氏が、夜も明け切らぬうちから丹精込めて打たれたお蕎麦を、お店の奥のお座敷でいただくことになりました。もちろん、お酒は『獺祭』です。ただし、鳳楽師匠は、お噺前なので一滴も口になさいませんでした。

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風雅な建物 「かわうそ亭」

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そば懐石 二割三分とともに

原田さんは元々、蕎麦職人だったわけではありません。蕎麦好きが高じて、とある名人の門を叩き弟子入りし修業を重ねたそうです。旭酒造の桜井社長と出会ったのをきっかけにして「かわうそ亭」のオープンとともに、亭主となったのが昨年の春のこと。以来、お料理、お菓子、店内装飾にも工夫を凝らしていますが、現在もなおなお勉強中だそうで、これからも蕎麦打ちの腕は上がっていくことでしょう。なにせ、鳳楽師匠、軽快な音をたてながら、一分かかるかかからないうちに完食されましたから!

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二種類のそばつゆ 右は梅とろろ

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川面を見つめて物思う鳳楽師匠

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しっとりふんわりの蕎麦シフォンケーキ

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笑顔の原田さん 蕎麦を愛してます

鳳楽師匠の名人芸に拍手だっさい!

第一部は、酔っ払いが車屋やうどん屋をからかう滑稽噺の「替わり目」。休憩をはさんでの第二部は、文無しで酒ばかり飲んでいる絵師が、人のいい旅籠の主人に、代金の代わりに不思議な絵を置いていく人情噺の「抜け雀」。時にはどっと笑いが、時にはしんみりと涙が、そしてついには感嘆のカタルシスが会場にあふれました。なにしろ師匠が盃を持っているかのようにして右手を口に運べば私も飲んでいるような心持ちになり、師匠がうどんをすする粋な音が立てれば、わたしのお腹の虫が勝手に鳴りだし、しまいには出汁の匂いまで漂い、師匠の鳥の羽ばたくような全身の演技を見たときは、私の目の前をパタパタと五羽の雀が窓の外を目指して飛んでいきました。はい、間違いありません。そうです、会場の皆様は全員、泣き笑いの拍手だっさいとなりました。えっ?“拍手だっさい”じゃなく、“拍手かっさい”だろうって?

おっと、このギャグは桜井社長によるものでした。ここだけの話ですが、社長はこれ以外にもギャグを連発。鳳楽師匠の素晴らしい芸にプラスして、社長のズッコケまで楽しめる「かわうそ寄席」は、甘くも辛くもあり、キレがよくて余韻もある『獺祭』のように、ひと口で二度も三度も美味しい、記憶に残るひと時でありました。

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羽織を脱ぐまでが
撮影のチャンス

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「獺祭 くだっさーい
桜井社長!」

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粋な殿方にはさまれて
幸せ顔の筆者

心が揺れ、心が揺らす

落語のあとの懇親会も跳ね、一息ついた師匠が私におっしゃいました。
「一部と二部の間に、行くところまで行ってくださいと桜井社長に言われてね、それがとっても嬉しかった」と。
ことの経緯はこうです。「替わり目」は元々長いのですが、この日の師匠、枕から勢いよく力漲る芝居となり、予定よりかなり時間をオーバーしました。このまま押せ押せでいっていいのだろうかと、師匠、気にされたわけです。なにしろ、お客様の中には、広島や福岡にその日にうちに帰りつかなければならない方々も多くいらっしゃり、会場をあとにする時刻はあらかじめ決まっていたのです。落語が長引けば、そのあとの『獺祭』を楽しむ酒の会を短くしてしまう、そのように心配されたのです。そんな師匠に、桜井社長は言いました。
「うちの酒は明日でも明後日でもお客様に飲んでいただけます。でも、鳳楽師匠の落語は年に一回しか聞くことができないんです。しかも今回の噺は、この今という時間だけなんです。二部もこのまま抜かずにやってください。いえ、抜いたら困ります。行くところまで行ってください!」
鳳楽師匠、社長のそんな心意気に感じ入り、心を揺さぶられ、第二部はさらにさらに熱が入ったのだそうです。人情の人・鳳楽師匠と、意志の人・桜井社長の男同士の熱い会話が、休憩中の控え室で取り交わされていたなんて、「替わり目」の余韻に浸りつつ、第二部をワクワクして待っていた私たちには知る由もありませんでした。今、思えば、桜井社長のことばも、第一部の師匠の名演に感動して心が揺れたからこそ口をついて出てしまったのかもしれませんね。

「落語」と「酒造り」に共通しているのは、まったく同じものはできないということだと私は思います。一流か否かは、その出来はいつも違うけれど、抑えるべきところはしっかり抑え、決してはずさないことだと、四代目・三遊亭円生は語っています。「落語」と「酒」、出来上がったものに表現のすべてが込められてしまうという厳しさ、面白さに、私たちの心はグッと掴まれ、それが記憶されていくのでしょう。今回、わかったこと……鳳楽師匠と『獺祭』は、一流でした。

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懇親会も盛り上がりました

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広島からのお客様 
あっという間に瓶が空きます

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小話を披露する師匠 
中身はここには書けません……

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〆のご挨拶は一宏常務 
満場の笑いを誘いました

私の蔵探訪の記録は、趣向を少々変えて次回も続きます。お楽しみに。

今夜も素晴らしいお酒とお料理に出会える幸せに感謝して、乾杯!

蔵元の蛇足

私だって最初は、「日本文化としての落語と酒」とか「地方における落語ライブの意義」とか、いかにも偉そうに見える(どうせお里は知れてるのに)ご挨拶をしていました。でも、ある日、気が付いたんです。これって、結婚式の乾杯前の主賓挨拶と一緒じゃないかって。「三つのフクロが大切※」とか、主賓は一生懸命話してるんだけど、他の客はみんな「早く終われ。早く飲ませろ」って、誰も聞いてない。

お客様は「日本文化としての~」なんて、「分ってるから来てる」っての。「分ってんだ!!」っちゅーの。

で、「芸風?」を変えました。駄洒落型ご挨拶。でも、社長の芸風のあいだは良いけれど、酒までズッコケ型に変わったらどうしよう。よく監視して、く「ダッサイ」ね。なんて・・・・・。
あれ?!?

※ご存知、主賓挨拶のちょいセクハラ・ちょいオッチャン型の定番。新郎新婦は三つのフクロを大事にしなければならない。「まず給料袋。続いて子袋(ちょっと素面で説明しにくい)。最後にお袋」と、いうお話ですね。

(蔵元 桜井博志 記)

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