大平由美の居酒屋めぐり

居酒屋めぐり

臨時号 かわうそな一日 続編

更新日:2009.09.25|居酒屋めぐり|

∞かわうそのお話∞

久しぶりに帰ってきた。やっぱりこの川で泳いでいるのが一番、落ち着く。雨が続いていたせいか、増水していて流れが速い。乗って行け。くるくるーっと水の中で体をくねらせて下っていく。あー、気持ちいいっ!ひょっと川面から顔を出してみた。なぜかっていうと、右手にある酒蔵からいつもと違う匂いがしたから。普段、香るのはホワーンとした甘い匂い。酒の吟醸香って呼ぶらしい。立ち泳ぎで様子を伺ってみる。

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この酒蔵では、時々、イベントが開かれている。えっと、今は7月だから、きっと落語の会だね。あの香り……ふーん、わかった。落語のあとにお酒を飲むから枝豆をお客さん用に茹でてるんだ。昔から日本人は枝豆が大好き。夏場になると、あちこちからこの匂いが漂ってくるからおもしろい。おっと、話を戻そう。この落語の会、かわうそ寄席という。

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ぼくらの名前を無断で使ってるんだよね。でも、怒ったりしないよ。だいたい、この蔵元、酒からして、ぼくらの名前を取ってるわけだしさ。

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おまけに肖像権だって、勝手に持っていかれちゃってるようだし。

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もうずいぶん前のことになるけど、この酒蔵から、ピアノの音やらギターやらフルートの音が聞こえてきたことがあったっけ。みかん箱のステージじゃぁなかったけど、簡易ステージとパイプ椅子を並べて、即席コンサートホールの出来上がり。こんな山奥でも、大勢の地元の人たちが音楽を聴きに、そしてこの蔵の酒である『獺祭』を楽しみに飲みに来ていたっけ。でも、やがて周東町の町中にデッカいコンサートホールができ、飲酒運転の規制も厳しくなったりで、コンサートは開かれなくなった。ぼくとしては、ちょっぴり寂しい気持ちだったから、イベント再開は大歓迎。まして、三遊亭鳳楽っていう落語家は、ぼくらの一族がピンピンしていた時代の話を中心にしてるから好きなんだ。今日は何の話だろうね。

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えっ?お前はいったい、誰だって?
『獺祭』が自分から名付けられたって偉そうに……もしかして、日本かわうその亡霊かって?失礼だなあ。亡霊なんかじゃないよ。復讐とか呪いが目的で、この世に舞い戻ってきたわけじゃない。エッヘン、ぼくはね、言ってみれば妖精ってとこ。英語でフェァリー。ちょっと、そこ、笑うとこじゃないから。好きなものはザリガニ、小魚、エビにカエル。食べ物以外だと……ふるさとの香り。あとは、木々の緑と山の中にぼんやり見える道路標識。仲間には変な趣味って言われたりするけど、なんだかレトロな感じがして、いいんだよね。

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あとさ、『獺』っていう文字に、時々、入り込んで(乗り移って、とか、憑依して、とも言う)あちこち出かけるのが、最近は気に入ってる。
かわうそ寄席の翌日も、ぼくは車のトランクに乗って、徳山に行った。何度も来たことがある「栄ふく」っていう、ふぐのお店だよ。

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夏でも美味しいふぐがたっぷり食べられて、それが『獺祭』にメチャクチャ合うもんだから、蔵元にも、蔵を訪れるお客さんにも大人気。あれよあれよという間に、ふぐもお酒もなくなっていくのが驚きだよ。

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生きてる魚じゃないと体が受けつけないセレブのぼくには、どうもね。でも、ここのお母さんはカッコイイ。サンダルのネコにも親近感を感じちゃうね。

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この日もみんな、幸せそうだった。それにしても『獺祭』のまわりにはいつも笑顔がたくさんある。造ってる人たちからしてスマイル。ぼくもお酒が飲めたら、あんなスマイルを浮かべられるんだろうか。モテたりするんだろうか。

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蔵は現在、一部を工事中。できた当時はピカピカだった建物もさすがに古くなったってわけさ。去年、建ったばかりの白い建物に続いての工事で、出来上がりは来年だって。山に囲まれたこの辺りじゃ、ちょっと目立つよ。いや、かなり目立つはず。

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ここでちょっと自慢。ぼくの移動距離は、年々、長くなってる。二十一世紀に入った当初は、遠くてもせいぜい東京だったけど、5、6年前からは世界中を旅するようになった。ニューヨーク、ラスベガス、ロス、香港、台湾、上海、マカオ、パリ、ロンドン、シドニー……。パスポートのページが足りないくらいだよ。

ここで造られた(醸された、っていう人もいるよ)酒が、世界中に運ばれ、食の習慣や好みを超え、人々を幸せな気持ちにしているなら、それってすごいことだよね。
ぼくらが、取った魚を並べている様子がお祭りのようだから、人間は『獺祭』という言葉を作ったんだとか……。ぼくは実際、そんなことしたことないし、仲間うちでも、相当、風変わりなヤツしかそんな行動はしないと思うけど、それでも、こんな森閑とした山ん中から広い世界に挑んで、その結果、うまーい酒がみんなに愛されているなら、それはまさに、『祭』と言っていい。ぼくらの姿はこの国にはもうないけど、違う形でこんな風に遺されたことは、うれしいかな。
さて……と、今度はどこに連れていってもらえるんだろう。
どの国の言葉の「乾杯!」を聞けるんだろう。

注)このおはなしは、事実を織り交ぜたフィクションです。

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