前回のメルマガ蔵元の読書欄で「杜氏になるには」という本を紹介しましたが、あの中に酒蔵の一日の作業内容を日記風に記したところがありました。今回は、ちょっと、その向こうを張って、私どもの酒蔵の一日(ある金曜日)を紹介したいと思います。

酒蔵の朝は早いと定説になってますが(実際紹介した本の中でも朝4時半から作業開始です)、私どもの酒蔵は普通の会社のように8時半から始まります。もっとも私は6時半にもろみの状態を見ると同時に温度のあがり・下がりをチェックするのを日課にしていますが。(趣味なんです。このとき麹の手入れでおきてきた麹担当の小野田君と鉢合わせすることもあります。)

まず、8時過ぎに仕込担当の広川君が表のシャッターをガラガラと開けて入ってきます。その後次々にみんな出勤してきて、8時半からみんなそろって朝礼です。またかというみんなの顔を見ながらの現在の会社の状態や日本酒のありうるべき将来などの社長訓話(?)の後、作業の打ち合わせをして解散です。

まず蒸米担当の松村君は早速ボイラーに火を入れ、前日に洗米して吸水率30%に仕上げた白米を甑(こしき)に張り始めます。同時に仕込み室では金山さんと西田君の手でもろみの櫂入れが始まります。そのうち本日の仕込みの汲み水の温度と使用量、麹量のチェックを終えた広川君があがってきて、各もろみの検温を開始します。

その頃麹室では、前日の夕方麹菌を植え付けて床の上で厚く布にくるまれて20時間寝かせて少し潤みの来た120kgの麹の塊(このとき麹の品温は31度、まだハゼ−麹菌の菌糸−は肉眼ではほとんど見えません)を突き崩しながら40kgづつ箱に盛る作業に小野田君と東野君は追われています。そうです、私どもの酒蔵は通常大吟醸の麹作りに使われる麹蓋は一切使いません。

もろみの検温の終わった広川君と西田君は続いて水麹の準備にかかります。(蒸米を投入する前に水と麹だけもろみに投入して麹のエキス分を引き出す)今日は新入社員の西田君の初めての一人立ちの留仕込みだから、広川君はサポート役に回っています。

この頃白米を甑に張り終わり、実際に米を蒸し始めた松村君は、金山さんの協力を得て明日の酒母用の掛米120kgを10kgづつ袋に小分けし、洗米し始めます。この作業は糠から米を話すことと、米に30%の水を吸わせることを目指して行います。 10kgの白米重量が洗米後、水を吸って13kgに増える時間を厳密に調節しながら、作業を進めます。昔は冷水の中に手を突っ込んで米を洗っていましたけど今は一度に10kgづつ洗える業務用洗米機を利用します。ここは米に水を吸わすと同時に、きちんと第二の精米として白米についている糠を離したいところですから、糠を落とすことを最優先して作業を進めます。

そうこうする内に午前11時、米が蒸しあがります。まず最初に出てくるのは麹米用の蒸米。エレベーターで二階の麹室に引き込まれ、そこで幅2m長さ6mの木製の床に広げられます。小野田君と東野君の二人は、蒸したばかりで熱く水分も多い蒸米の水分と温度を、夕方の麹菌の植付け時に水分31%と温度30度に調節すべく、室温38度のサウナのような室の中で米の塊を砕きながら手入れを繰り返していきます。

麹米の後は掛米用の米が取り出されます。今日は少し水麹の温度が高かったから精一杯米を冷やして欲しいという西田君の要請のもと一杯にスピードを落とした放冷機(米を冷やす機械)を通した米はエアシューターの風圧でダクトを通してタンクに送られます。仕込んだ後のタンクの温度は6.5度と7度(私どもでは1200kgの仕込を一週間に二本づつ同時に仕込みます)。予定よりそれぞれ0.5度と1度高い留仕込みの結果を見てタンクに冷水を回した後、仕込組はみんなより少し遅い昼食にかかります。

午前中お前は何をしてたかですって、蔵の中をあっちにうろうろこっちにうろうろしながら分析の竹本さん(女性、美人ですよ。うちの蔵は美人しか入社しないんです。ちなみに男性社員も見た目で選んでいると広言しています。)が計ってくれたもろみのデータや今日の蒸上がりの米の状態を見ながら各担当者と作戦会議と反省会議を繰り返しているのが通常なんですが、その日はお客さんがいてすこし手抜きになってました。

その日の午後の実際の会話。私「西田君、何度で留まった。」西田君「はい、6,5度と7度です。」(あっ、やっぱりなぁ。お客さんの前だから言わなかったけどさっき触った米も、報告された水麹の温度に比べて高そうだったもんな。)私「何でそんなに高いんや。やり直し。」済んだもんやり直せるはずないじゃん。どないせぇちゅうんやろ。このおっさん。みたいな顔して西田君困ってる。私「ま、済んだもんしゃぁない。だけど普通酒とは違うんだから、やっちゃいましたじゃ、うちの酒は酒にならん。よそじゃ許されてもうちじゃ駄目だ。何が原因か特定して、こんなこと無いようにやり方を変えてくれ。で、原因はなんやったんや。」(しかし、文章にしてみるときついこといってるもんですね。自分を何様と思ってるんですかねぇー。)結局水の温度が狙っていた温度になっていなかったにもかかわらず、予定時間がきてしまって高いまま仕込んでしまった由。西田君には朝一番にその日使用する水の温度を調べて、仕込予定温度とその日の室温から予想される蒸米の温度を予想して、逆算して水を冷やすなり、氷を使用するなり、する仕事があるんですが、新人の経験不足から、その時間がなくなってしまったようです。本人もよくわかったようで、後はその余裕のない西田君へのサポートを終礼のミーティングで皆に再確認することと、実際にやっちゃったもろみのほうは、バランスを崩すのあまりでやりたくないんですが、氷を所定量投入して、もろみ温度を6度に調節することにしてその場は終わり。

毎日こんな調子ですから、午前中の時間に電話を掛けてこられた方はほとんど電話に出ない私に苛つかれた方も多いと思いますが許してください。

昼食後は上槽作業の続く林さんを除いて、大体みんなで瓶詰め作業など酒造り以外の作業に取り掛かります。これで8時半から5時半までの酒造りの一日が終わります。

そうそう、麹担当の小野田君だけは今朝箱に盛った麹を温度経過を見ながら、品温が34度にあがる深夜2時頃の仲仕事(麹米表面の水分を発散させるため軽くかき混ぜると同時に麹米を盛っている厚みを薄くすることにより温度を調節する。うちはすべてのお酒に同じ仕上がりを要求しますから、毎回この深夜作業があります。しかもこの作業予定時間は毎日決まってるんじゃなしに、麹の進行具合によって、平気で一時間二時間前後します。このときに麹蓋じゃなしに箱麹であることが重要なんです。蓋だと1時間以上かかる作業が箱だと10分で済みますから。これでも毎日となると大変なんですが、麹担当者の体力と緊張の糸の切れないぎりぎりの選択なんです。)、38度にあがる翌朝10時ごろの仕舞仕事、そして翌日深夜1時頃の出麹に向けて60時間以上に渡る、長い長い作業が始まります。(これらの作業もすべて時間じゃ無しに麹育成の進行具合でタイミ
ングが決まります)

酒造りに詳しい方はお分かりになったと思いますが、以上書いていることはまさに教科書どおりの大吟醸の仕込み方です。このやり方で純米吟醸も純米大吟醸もすべての酒を仕込もうとしているのがご理解いただけると思います。私どもは早朝からの作業もしませんし、機械を使って楽できるところはなるべく楽をしようというのがモットーですが、その代わり蔵の都合で仕込作業時の米やもろみの仕上がりが目標数値に到達しなくても仕方なしとはしません。

大和魂や個人の重労働に拠った酒造りじゃ無しに毎日のルーチン・ワークを淡々とこなす事による酒造りを目指しています。

そうそう、どうしても連続作業になる麹担当の小野田君は、夏場に100日に及ぶ夏休みをとるそうです。


▼旭酒造の商品紹介

獺祭寒造早槽48(純米吟醸酒・季節商品) 1.8l 3000円  
0.72l 1500円獺祭のしぼりたてです。当たり前のものを当たり前に造る。当たり前の酒。獺祭の商品レンジとしては下から二番目のランクのお酒ですが、それだけに旭酒造の普通の造りで普通に造ってます。だからこそ、このお酒が私どもの設定した品質ランクにならなければならないと思っています。